【水郡線】のどかな里山風景に秘湯も……首都圏から日帰り圏内で楽しめるローカル線
2025/12/26

日本らしい里山風景を眺めたくなったら、JR東日本の水郡線がおすすめです。茨城県の水戸駅と福島県の安積永盛駅を結び、安積永盛駅からは東北本線に乗り入れて郡山駅に至る全長137.5kmのローカル線。「水戸」と「郡山」の頭文字から名づけられた路線で、茨城県側には上菅谷〜常陸太田間9.5kmの支線もあります。全線非電化で、列車はすべてディーゼルカー。「奥久慈清流ライン」の愛称があり、その名の通り久慈川の清流に沿ってのびやかに走ります。
東京から2時間で行ける里山の旅
水郡線の最大の魅力は、首都圏から日帰り圏内にありながら、四季折々の風景を楽しめること。春の柔らかな桜に始まり、緑豊かな夏の清流、山々が赤く染まる秋の紅葉、そして雪がしんしんと降り積もる冬の雪景色と、いつ訪れてものどかな車窓風景を見せてくれます。
起点となる水戸駅へは特急「ひたち」「ときわ」で、列車の終点である郡山駅へは東北新幹線「やまびこ」「つばさ」「なすの」で、それぞれ東京駅から2時間以内でアクセス可能。思い立ったらいつでも訪れることができます。また、毎年紅葉のシーズンを中心に、観光列車も運行されています。
季節ごとにトロッコタイプの観光列車が走る
水郡線の定期列車は、すべてキハE130系気動車で運行されています。2006年に導入されたこの車両は、幅広のステンレス製車体に片側3カ所の乗降扉を備え、車内はクロスシートとロングシートを組み合わせたセミクロスシート。すばやく開閉可能な両開き扉で朝夕の通勤輸送に貢献し、車窓風景を眺めやすいクロスシートは旅行者にも快適です。窓も上部が開くので、暖かい季節には窓を開けて沿線の風を感じることもできます。
車体のカラーは形式によって異なります。両運転台式のキハE130形は「秋の紅葉と久慈川の流れ」をイメージした青と朱色に、片運転台で2両単位の運行となるキハE131形・キハE132形は「新緑の緑と久慈川の流れ」をイメージした青とモスグリーンにラッピング。2023年9月には、キハE130-13が紅葉をイメージした「オレンジパーシモン(柿を思わせる橙色)色」となりました(2026年3月末までの予定)。水郡線の全車両(39両)中、オレンジパーシモンは1両だけなので、もし出会えたらラッキーです。
毎年季節ごとに運行される観光列車にも注目です。2025年秋は、観光列車「びゅうコースター風っこ」による「風っこ奥久慈号」「風っこ水郡線紅葉号」が、水戸〜常陸大子間で運行。側面が大きく開き、木製ベンチシートを備えたトロッコタイプの車両で、自然の風とにおいをたっぷり感じながら旅を楽しめます。冬季などには、側面にガラス窓をはめ込みストーブを焚くことも可能。運行日や区間は、JR東日本のウェブサイトや時刻表でチェックしてください。
おトクなきっぷもあります。毎年夏季・秋季・冬季に販売される「ときわ路パス」は、2,330円(こども630円)で茨城県内のJR線ほぼ全線と、県内4社の私鉄・第3セクターに1日乗り放題となるきっぷ。モバイルSuica対応のスマホで購入できる「ときわ路パス(デジタル)」なら、フリーエリア外からの購入・利用も可能です。水郡線は茨城県側の水戸〜下野宮間/上菅谷〜常陸太田間が乗り放題で、常陸大子駅まで往復するだけでもおトクです。
宿場として栄えた常陸太田と国内最大級の吊り橋
水戸駅から水郡線の旅に出発しましょう。水戸〜常陸大宮間と上菅谷〜常陸太田間は水戸市周辺の通勤圏で、1時間に1本程度運行されています。このあたりは、関東平野北部の常陸台地。住宅地と水田が交互に現れるなかを北へ進みます。水戸駅から20分ほどの上菅谷駅は、常陸太田駅への支線が分岐する駅。常陸太田支線のほうが先に建設されたため、上菅谷駅の北側では常陸太田支線が直進、安積永盛駅へ向かう本線のほうが左へ分岐していきます。
支線の終着・常陸太田は平安時代から戦国時代にかけて佐竹氏が治めた城下町です。江戸時代以降は棚倉街道の要衝として栄えた町でもあり、駅前から坂を登った台地の上には歴史を感じられる古い建物が点在しています。バスで40分~1時間ほど北上した所にある竜神大吊橋は、橋の長さ375mと歩行者専用吊り橋として国内最大級の規模を誇ります。高さ100mから見晴らす景色は迫力満点。3か所ある「のぞき窓」から、湖面を見下ろすこともできます。
清流・久慈川に沿って北上し袋田の滝へ
さて、上菅谷駅で支線と別れた水郡線は、常陸大宮駅を過ぎると関東平野に別れを告げ、八溝山地へと分け入って行きます。山方宿駅付近での車窓右手には青々とした水をたたえる久慈川が現れ、「奥久慈清流ライン」にふさわしい景色。下小川〜西金間で初めて久慈川を渡ると、約50km先の磐城棚倉駅まで、列車は実に11回も久慈川を渡ります。左右どちらの席に座っても、久慈川の清流を楽しむことができるでしょう。
袋田駅は、日本三大名瀑のひとつである袋田の滝の玄関口。ログハウス調の駅舎が旅情を盛り上げ、袋田の滝行きのバスが列車に接続して発着します。袋田の滝は高さ120m、幅73mの大きさを誇る壮大な滝で、水が大岩壁を四段落下することから「四度(よど)の滝」とも呼ばれます。観瀑トンネルを抜けた先の観瀑台からは、紅葉、新緑、そして厳冬期の氷瀑など、四季を通して異なる表情を楽しめます。
次の常陸大子駅は、車両基地を併設する水郡線の運行拠点の駅です。駅舎は1927(昭和2)年の開業時から使用されている2階建ての木造駅舎で、2016年に大規模なリニューアルが行われました。駅前には昭和の面影を残すレトロな商店街が健在。また1970(昭和45)年まで水郡線で活躍した蒸気機関車C12形187号機が美しく整備された状態で保存されています。
黄門様も訪れたと伝わる矢祭山
福島県に入って最初の駅、矢祭山駅は、東北地方最南端の駅。桜やツツジ、紅葉の名所として知られます。古くは水戸光圀公も訪れたと伝わる矢祭山公園の最寄り駅でもあり、手軽なハイキングを楽しめます。列車もこのあたりでは絶壁がそそり立つ久慈川の渓谷に沿って走り、水郡線のハイライトのひとつです。
昭和初期のレトロな木造駅舎が残る東館駅からは山に挟まれた狭い盆地に入り、久慈川沿いに水田が広がる風景が続きます。磐城石井駅は、樹齢600年を超えるエドヒガンザクラ「戸津辺の桜」の最寄り駅。次の磐城塙駅は塙町コミュニティプラザと町立図書館が併設された駅で、森林をイメージした円錐状の屋根が連なる姿は町のシンボルともなっています。
磐城棚倉は、江戸時代初期に丹羽長重が棚倉城を築いて以来の城下町です。城郭は戊辰戦争で板垣退助に攻められた際に焼失しましたが、本丸と堀は亀ヶ城公園として残り、春は桜、秋は紅葉が堀の水面に映えます。
この磐城棚倉駅からは、戦時中の1944(昭和19)年まで、東北本線白河駅と結ぶ国鉄白棚線が分岐していました。現在も地域の大切な足としてJRバスが1時間に1本程度運行されており、途中の磐城金山〜関辺間では、かつての線路跡がバス専用道として活用されています。バス1台がやっと通れる専用道は、緩やかなカーブに鉄道時代の面影を残しています。
さて、1時間以上旅を共にしてきた久慈川とはここでお別れ。25‰(1000m水平に進むごとに25mの高低差)という急勾配を登ると、茨城県側の久慈川水系と福島県側の阿武隈川水系を分ける分水嶺を越えます。久慈川は太平洋に向かって流れていましたが、ここから先の川は福島盆地に向かって流れているのです。日本三大鉱物産地である磐城石川駅、立派なキンモクセイの木が駅を見守る川東駅を過ぎると小さな峠を越えて、列車は郡山盆地へ。磐城守山駅を過ぎると初めて阿武隈川を渡り、左から東北本線が合流して、終着・安積永盛駅に到着。列車はすべて、次の郡山駅まで直通します。
予約して味わいたい名物駅弁「元祖しゃも弁当」
豊かな自然に恵まれた水郡線沿線には、魅力的なグルメが数多くあります。何と言っても外せないのが、常陸大子駅の名物駅弁「元祖しゃも弁当」1,300円(税込)です。駅前にある玉屋旅館が提供する弁当で、地元特産の奥久慈しゃもを秘伝のタレで煮込んだ地元グルメ。現在は駅での通常販売は行わず、前日までの予約が必要です。玉屋旅館で購入できるほか、ホームまで届けてもらうこともできます。
茨城県は江戸時代からそば処として知られ、全国のそば職人から「玄そばの最高峰」との高い評価を得ている「常陸秋そば」の産地です。なかでも水郡線沿線の奥久慈地域は、昼夜の気温差が大きく水はけの良い傾斜地があるなど、そばの栽培に適した地域。沿線の多くのそば店で、香り高く甘みのある常陸秋そばを味わえます。
常陸鴻巣駅近くの木内酒造では、純米酒「菊盛」や世界的に有名なクラフトビール「常陸野ネストビール」を製造・販売。他にも、山方宿駅近くの「納豆ファクトリー」(舟納豆)や袋田駅から徒歩約15分の「こんにゃく関所」など、こだわりの逸品グルメが手に入るスポットが駅周辺に豊富です。
宿泊したくなる通好みの秘湯が点在
沿線には温泉施設もたくさんあります。奥久慈温泉郷として知られる大子町には、袋田の滝周辺の袋田温泉や常陸大子駅に近い大子温泉などが点在。常陸大子駅から徒歩約10分の「道の駅奥久慈だいご」では日帰り温泉も営業しています。
福島県側にも、知る人ぞ知る秘湯がいくつもあります。磐城塙駅からバスで約30分の湯岐温泉は、400年以上の歴史がある湯治場。また日本三大鉱物産地のひとつに数えられた磐城石川駅周辺には、猫啼温泉、母畑温泉など良質なラジウム温泉が点在しています。
もう一つ、アクティブな旅行派におすすめなのが、土休日限定の「水郡線サイクルトレイン」です。上菅谷〜常陸太田・磐城守山駅間の全38駅で、インターネットから事前に利用登録をすれば自転車とそのまま列車に乗車できるサービス。沿線には久慈川サイクリングロード(矢祭山〜磐城棚倉間)をはじめ、サイクリングに最適なコースがいっぱいで、列車の旅とサイクリングを同時に楽しめます(紅葉で混雑する11月は除外)。
四季折々の車窓風景から沿線グルメ、観光、温泉、サイクリングと、さまざまな楽しみ方ができる水郡線。旅の余韻を味わうなら、できれば沿線の宿に1泊して、日本の里山ならではの旅を楽しんでください。
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取材・文:栗原 景
写真:栗原 景、交通新聞クリエイト
執筆者紹介
栗原 景(くりはら かげり)
1971年、東京生まれ。鉄道と旅、韓国を主なテーマとするジャーナリスト。出版社勤務を経て2001年からフリー。小学3年生の頃から各地の鉄道を一人で乗り歩き、国鉄時代を直接知る最後の世代。東海道新幹線の車窓を中心に、新幹線の観察と研究を15年以上続けている。
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